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成田の歴史 と史跡 76

【成田山出開帳の評判2】

『遊歴雑記』
(十方庵敬順著)
江府(江戸)深川八幡宮社内に今年文政四辛の巳三月中旬より五月の半過まで、下総成田不動尊の開帳ありて、日々参詣引もちぎらず群集せり。(中略)此開帳につき東都(江戸)町々より我負じと劣じと、こころごころの奉納の品かず凡そ六十余種あるが、中にも文銭(寛永通宝の異称)と四文銭と水戸銭の三色都合五十貫を以て、鰐口(わにぐち)を作り額にして上たるあり。鰐口の大きささし渡し凡そ六尺あまり、厚さ壱尺四五寸、その手際細工の巧妙賞すべし。
文政四年(一八二一)の記録である。江戸の各町から競争のように奉納物があり、なかでも銭で作った直径六尺もある鰐口は、細工が巧妙であるとしている。
『江戸繁昌記』
(寺門静軒著)
(江戸の開帳で主なものは)嵯峨の釈迦、成田の不動、信州の如来、身延の上人、此等是なり。今春開帳十九所、成田の不動も亦旧例を照らし、深川に来たりて帳(とばり)を開く。都人の参詣、星をおひて潮(うしお)を捲く、贔屓の奉納、豪を賭し山を湧かす。
天保四年(一八三三)の出開帳で、参詣人は無数の星のように引きも切らず、しかも信者からの奉納物は山のようになっているといっている。文中の身延の上人とは、山梨県身延町の久遠寺が所蔵する日蓮上人の木像である。
(北囲護台 小倉 博)

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