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ぴーぷる 車イス100m・200m国体2冠 小川奈那さん(19)

10月に行われた2015全国障害者スポーツ大会(わかやま国体)身体女子車イスの部(年齢区分1部)で、200m56秒85、100m29秒24をマークし、2冠を達成した小川奈那さんは、成田市在住です。

小川5

【部活動に飢えた中学時代】

生まれつき脳性マヒのハンデを持つ小川さんですが、成田市立公津小学校時代は、何の違和感もなく活発に過ごしていました。

成田市立西中学校の体育の時間も、先生に「見学ではなく、あなたのやれることをやりなさい」と指導され、一緒に参加していました。

しかし、「スポーツをやることで内面も磨かれるからやりたかった」部活動には参加できず、もどかしい思いを抱えていました。

 【特別支援学校で陸上部に入部】

千葉県立桜ヶ丘特別支援学校に進学後、陸上部に入部、車イスレースに出会います。

小中学校時代は限られた環境で、力を発揮する機会がなかった小川さんは、水を得た魚のように練習に挑みます。

脳性マヒの影響で、腹筋背筋が弱くなりやすい身体は、まっすぐ走ることが難しい上、学校所有の競技用車イス(レーサー)は古いもので、思うように動いてくれませんでした。

「最初は乗るだけで怖くて、木に突っ込みまくって練習していました」。

その甲斐あって、3年生で長崎国体に出場。

結果は200m3位、100m5位でした。

 【働きながら陸上を続ける決意】

高校卒業後、航空会社の事務職として働きながら、高校時代のレーサーを借りて、4月の県大会に出場したところ、100m31秒30の「県記録が出ちゃった」。

この結果で障がい陸上関係者からの期待を集めた小川さんは、悩みます。仕事も始めたばかり、毎日9時~18時勤務で残業もあります。車の教習所にも通い始めていました。「私に続けていけるのだろうか」。

そんな小川さんの背中を押したのが、前年の長崎国体の経験でした。「あのすごい人たちと、もう一度一緒にやりたい」。決心した小川さんは、今後の競技生活に向けて、6月に自分専用のレーサーを特注しました。

【練習】

平日は仕事があるため、自宅で筋トレとストレッチしかできません。県派遣の理学療法士から指導を受け、腕の可動域を広げるトレーニングも取り入れています。

土日は、車イス陸上クラブチーム「レインボー」の一員として、青葉の森、岩名、中台、八千代台の陸上競技場で練習しますが、他の陸上競技練習者と競技場の共有が難しいため、レーサーに乗って練習できるのは、月に1回くらいです。

あとは、「坂道を探しては、生活用車イスで練習しています」。サポーターのお母さんも「最近、見つけたはなのき台の坂が練習にいいんじゃないかと・・・」と笑います。

 【苦労した特注レーサーへの適応】

特注レーサーが完成したのは、国体1ヶ月前。

ここからが大変でした。採寸したのは6月。特注レーサーはタイトに作られていますが、夏に太ってしまったので、お尻が入らなかったのです・・・。

「特注レーサーに入る身体にするために」、ささみ、豆腐、納豆、オクラ、ご飯代わりのキャベツ・・・の食生活で、トレーニング。2㎏減量し、筋力を上げました。「それでも製造メーカーのOXさんに1㎝広げてもらいました。ちょうど世界大会の時期と重なっていたのでOXさんも忙しかったのに、間に合わせていただきました」と感謝します。

さらに大変なのは、県大会まで使っていたタイプとは、フォームを激変させなくてはならないことでした。

「足を下ろす形で3年間やってきたのに、特注レーサーは正座。上体の筋力がさらに必要になりました」。

国体まで1ヶ月。乗り降りさえ時間のかかる特注レーサー。「私も親もコーチも不安で、前の車イスで出るかという話まで出ました。でも、学校の先生が卒業してからもサポートしてくださって、気持ちを奮い立たせてくださいました。努力しようと思いました」と、ありえない短期間フォーム改造で国体に臨み、2冠を達成したのです。

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【もうひとつ 得たもの】

この偉業で、小川さんはもうひとつ、大きなものを得ます。

所属する航空会社で報告会を行った時、「『皆さんが支えてくださったから、記録が出ました』と話したら、泣きながら『私も頑張ろう』と言ってくれた人がいました。すごく嬉しかった。私なんか、まだまだなのに、競技をやっていない人が感動してくれた。自分がやったことで、泣いてくれる人がいるなんてビックリしました。これからも、私のことを見て、頑張ろうかなと思ってくれる人が増えればいいな、結果を残すのもやり甲斐だけど、周りの人を動かせるのもやり甲斐だと思うようになりました」。

 

【パラ駅伝に出場】

11月には、東京駒沢で行われた、障がい者と健常者が一緒に1つのチームとなってタスキをつなぐ初開催の「パラ駅伝」に出場。

「足を引っ張るとチームに響くので、プレッシャーがあった」小川さんでしたが、スーパーファイト千葉チームの一員として、車イス女子バスケットボール元日本代表など注目選手が出場した3区2.563㎞を走り、練習より記録を大幅に更新しました。

チームは7位に入賞し、「一生懸命応援している姿が印象的」という理由で、『日本財団会長賞』も受賞しました。

当日の観客は約2万人。「競技場に戻ってきた時、大勢の人が『頑張れ!頑張れ!』と大きな拍手で迎えてくれたことがうれしくて、ラスト頑張れました。障がいの有無に関係なく、一緒に走れることを分かってもらえたと思いました。良い大会でした。東京オリンピックまで毎年開催されるので、また出たいです」。

ゲストも、SMAPと宝塚歌劇団という豪華さ。

小川さんは、レース前に千葉県出身の木村拓哉さんと握手やハイタッチをして、気持ちが上がったそうです♪

【憧れられる選手を目指して】

これからも競技を続けて、「東京オリンピックに出られたら夢のよう。最終的にそういうところに行けたら、周りの人も私も嬉しい。憧れられる選手になっていけるといいなと思っています」という小川さんの笑顔は、まぶしいほど輝いていました。

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